1399年 - 1471年3月14日。『アーサー王の死』の著者・編者。
英国はウェールズ人だとも言われるが、最近の学説ではウォリックシャー州ニューボールド・レヴェル出身と考えられている。
姓のマロリーは Malory のほか、Maillorie、Mallory、Mallery、Malerore などの表記が見られ、名前の語源は古フランス語の形容詞 maleure(ラテン語 male auguratus からきている)で、「前触れなく」または「不幸な」という意味。
マロリーの生涯に関して確実なものは少なく、おそらく1405年前後に生まれたとされているが不明である。名作『アーサー王の死』の完成から2年もたたない1471年3月に他界。イングランド議会の議員に2度選出された。1450年代には、強盗、強姦、羊泥棒、バッキンガム公暗殺未遂などの罪を犯し、2回脱獄している(片方は武器を用いての強行突破、もう片方は堀を泳いでの逃走)。ロンドン内の複数の刑務所に投獄されたが、保釈で出獄中の収監になったこともある。自身に対する賠償請求訴訟に姿を見せたことがない。
1460年代に一度だけ、ヘンリー6世の恩赦を受けたが、ヘンリー6世の別の恩赦やエドワード4世の恩赦では、明示的に除外されていた。 作品の一部を獄中で書いたことはマロリー自身が記している。
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