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底本はFr. Klaeber ”Beowulf and the Fight at Finnsburg”1922.
その昔厨川訳で岩波から出版されたいたものを1990年、現代日本語訳で忍足氏が改訂・訳出したもの。
物語は1部2部(前半・後半)から成り立つ。

1部
デネ(デンマーク)王のフロースガールは壮大な宮殿ヘオロット(牡鹿の意)を建設する。
落城記念に連日豪華な祝宴を催すが、この騒々しさに怒ったグレンデルという名の巨人が深夜館を襲い、30名のフロースガールの家臣を殺害する。
以来、13年の月日が経っても誰一人館に泊まる者は居なくなった。
その噂を聞いたイェーアト族(スウェーデン南部の部族)のヒイェラーク王の甥ベーオウルフは14人の従者を率い救援に向かう。
フロースガールは歓待し、宴を設けるが、夜中グレンディルが来襲。一人の従者を啖う。
ベーオウルフと一騎打ちとなり、遂に怪物の片腕をもぎ取る。怪物は傷ついた体で荒地に逃走する。
しかし翌晩、グレンディルの母が復讐のため襲来し、フロースガールの家臣を皆殺しにする。
ベーオウルフは従者を残し唯一人怪物の住処へ赴くため沼の底へ潜っていく。待ち受けるグレンディルの母との水中戦は熾烈を極めるが霊剣によって辛うじて勝利を得る。
2部
伯父ヒイェラーク王は遠征中討死。妃は甥ベーオウルフを後継者に推挙するが、これを辞退。
幼い王子ヘアルドレードが即位するものの、王子もまた戦死する。
やむなく王位に就いたベーオウルフだったが、即位から50年後、竜が保持する宝の塚を荒らす者がいた。
竜は怒り、夜な夜な火炎を吐き町を襲う。堪りかねたベーオウルフは家臣を率いて竜退治へと向かうが、家臣は恐れをなして森へ逃げ込む。
ただ一人、ベーオウルフに付き従ったウィーイラーフと共に竜と対決するが、竜を倒すも、自らも致命傷を負う。
死期を悟るベーオウルフは忠臣ウィーイラーフに遺言を頼み絶命する。
ベーオウルフの2つの物語は時々不自然な印象を与える。
それは1部から2部への移行が余りに唐突過ぎるだけではない。整合性に欠けていたり、飛躍的な文章も見受けられるからであると思う。
しかし、これを持って「つまらない内容」と思うのは勿体ない。
「ベーオウルフ」の写本は大英博物館に収蔵されているが、かつて英国の好古家サー・ロバート・コットン(1571-1631)が蒐集したものを集めた文庫を国に寄贈したが1731年、火災に遭っている。多くの文書がこれによって焼失したがベーオウルフは完全ではないしろ奇跡的に残った。
更にこの写本は合本であった。前半部は12世紀に写されたもので、かつての所蔵場所の修道院名に因んで「サジック本」と呼ばれる。後半部は10世紀末2人の手に拠って筆写されたものらしく、最古の所有者である聖職者の名に因んで「ローウェル本」と呼ばれる。
写本1つとっても長い歴史の中で風化と再生があることを念頭に入れて読まれると、不自然さにも寛容さが生まれる。
忍足氏も冒頭で述べているように、原文の行数に合わせて行を変えていたりするが、出来るだけ日本語として読みやすい構成になっている。
最近改訂の度に、詩編の訳出も韻や構成をやや無視して読みやすさを重視する傾向にあるが
忍足氏訳は慎重かつデリケートに読みやすさと詩編の持つリズムを巧く調和させているように思う。
かつて吟遊詩人に拠って語り継がれた物語を言語も風土も違うわれわれには想像することなど到底出来ないが、初めは馴れないリズムにも読み進めるうちに言葉と音が調和して、読むというより聞こえてくる感じがし始めなくはないか。
こういう訳出は是非、廃れぬまま残してほしい。
ベーオウルフが近代~現代文学に残した影響は大きく、特に1930年代頃から文学作品として扱う気運が高まり、後の「指輪物語」の作者J.R.Rトールキンはその論文『ベーオウルフ:怪物と批判家』(1936)で比較文学史上画期的な発表を残している。
トールキンについて言えば、彼のベースは言語学・比較文学の研究者であり、副次的な活動として「指輪物語」を初めとする一連の作品が存在する。そのため、彼の作品には中世文学の影響が色濃く残っており、我々のように先ずトールキンの副産物から彼を知ったものは、後追いで中世文学を覗き見ることになるが、凡そ取っ付き辛い詩編や断片的な構成も難なく飛び越え、むしろ家系図でも覗き見するかのごとく重層的な面白さに出会うことが出来る。ベーオウルフの中だけでも、北方人の姿形はマークの民に似ている。牡鹿館は黄金館を彷彿とさせ、ヒイェラークとべーオウルフの関係もセオデンとエオメルを想起させる。悪鬼や怪物は辺境の荒野に生息する場面も我々には馴染み深い背景。
言語学・歴史学といった学問分野における研究材料としての「ベーオウルフ」の役割は甚大だが、物語愛好者にとっては、英国の土壌で培われた後世生まれた物語のルーツとして読むと非常愉しい作品である。訳註、巻末の家系図・地図も是非、目を通されたい。
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